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那覇地方裁判所沖縄支部 平成6年(わ)269号 判決 1996年2月20日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、Aと共謀の上、平成六年四月上旬ころから同年九月下旬ころまでの間、海岸保全区域である沖縄県国頭郡恩納村字谷茶金武浜原一六三三番地先海浜において、海岸管理者である沖縄県知事の許可を受けずに、工作物である露店及び立看板を設け、同露店内及びその付近において、ジェットスキー、ビーチパラソル等を賃貸するなどの営業を行い、もって、海岸保全区域内において、海岸保全施設以外の施設及び工作物を設けて同所を占用したものである。

(証拠の標目)《略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、海岸保全区域内である判示海浜(以下「本件海浜」という。)において、被告人が無許可で露店及び立看板を設けて、ジェットスキー、ビーチパラソル等を賃貸するなどの営業を行ったことは認めるものの、要旨、<1>被告人が、本件海浜上に設けた右露店等は、夏季期間中にレジャー観光業を営むための簡易軽微なものであるから、海岸法七条一項にいう「施設又は工作物」に該当しないから無罪である、<2>本件は、本来、起訴の必要性も合理性もないにもかかわらず、本件海浜における被告人のレジャー観光業と競合するホテル業者の利益を保護し、被告人の営業を妨害する目的で起訴されたものであり、また、沖縄県下の海岸保全区域に指定された他の海浜には、本件と同程度かそれ以上に恒久的なレジャー観光業用の施設又は工作物が存在しているのに、被告人だけを処罰対象とするのは不公平であって、このように、利害の対立する当事者の一方に偏するような公訴の提起は、検察官の公訴権の濫用にあたるから、本件公訴は棄却されるべきである旨主張する。

二  そこで、まず、海岸法七条一項所定の「施設又は工作物」に該当しないとの主張について判断する。

1  海岸法は、津波、高潮、波浪その他海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護し、もって国土の保全に資することを目的として制定されたものであり(同法一条)、海岸管理者以外の者が海岸保全区域内において、海岸保全施設以外の施設又は工作物を設けて当該海岸保全区域を占用しようとするときは、海岸管理者の許可を受けなければならないと規定している(同法七条一項)。

同法七条一項にいう「工作物」とは、土地に接着して人工的作為を加えることにより成立した物であり、静的な意味を有しているのに対し、「施設」とは、単なる物的設備というより広く、人によって運営される事業活動の全体をいう総合的、動的な意味であり、ある目的意思をもって設定する独占的な区域をいい、また、「占用」とは、一定の区画の土地を排他的独占的に継続して使用することをいうものと解される。

「施設又は工作物」を設けて海岸保全区域を「占用」することを海岸管理者の許可に係らしめたのは、「施設又は工作物」が、海岸保全区域内に設置されれば、海岸の保全上支障が生じる可能性があり、また、公共用財産である国有海浜地の一般公衆による利用を阻害するおそれがあるからである。

2  関係各証拠によれば、(1)被告人は、平成六年四月上旬ころから同年九月下旬ころまで、本件海浜上において、レジャー観光業を営む目的で、その受付、休憩所、待合所、営業用器材の保管等のために、鉄パイプ製組立式テント三張を連結した露店(縦約三・五メートル、横約一五・五メートル)を含むいくつかのテント張りの露店を設けたが、これらのテントの支柱下端や固定用ロープの先端は、砂の中に埋められていた。また、被告人は、本件海浜に面した場所でレジャー観光業を営むホテル業者に対する抗議文等を記載した立看板やレンタル料金を記載した立看板を設けているが、これらも、支柱下端が砂の中に埋められたり、砂のうで固定されていた。(2)そして、被告人は、前記露店内及びその付近に、広範囲(平成六年一〇月一一日の検証時には幅約一五五メートル)にわたって、ジェットスキー一一艇やビーチパラソル一〇〇本以上を始めとする数多くの営業用器材等を置き、従業員を雇った上、「谷茶ロングビーチクラブ」と称して、ジェットスキー、ビーチパラソル等を賃貸するなどの営業を行ったことが認められる。

右事実によれば、右露店及び立看板は、砂のうやロープで海浜上に固定され、相当期間継続して存在し得るものであるから、いずれも本件海浜に接着して人工的作為を加えることにより成立した物であり、海岸法七条一項所定の「工作物」に該当する。なお、弁護人は、右露店等が、砂の上に置かれているだけで、仮設のものであるから、「工作物」に当たらないと主張するが、「工作物」であるというためには、土地上に強固に固定されていることを要しないと解すべきである。

また、ジェットスキー一一艇やビーチパラソル一〇〇本以上を始めとする数多くの営業用器材等を利用した営業活動が行われた右露店及びその付近は、全体として、被告人が同営業を行う目的で設定した独占的な区域といえるから、海岸法七条一項所定の「施設」に該当する。

そして、被告人は、右のとおり、レジャー観光業を営む目的で、本件海浜上に露店及び立看板を設置し、更に多数の営業用器材等を持ち込んで、その付近一帯を、レジャーシーズンである平成六年四月上旬ころから同年九月下旬ころまで、ジェットスキー、ビーチパラソル等を賃貸するなどして使用していたものであり、その間、他の一般公衆は、同所を自由に利用することができなくなっていたから、被告人は、同所を、排他的独占的に継続して使用したもの、すなわち、海岸法七条一項所定の施設及び工作物を設けて、本件海浜を「占用」したものといえる。

3  なお、「海岸法の施行について」と題する事務次官通達(昭和三一年一一月一〇日付農林・運輸・建設三事務次官通達。検察官請求番号甲第二三号添付のもの)第四の2は、本文において、施設又は工作物を設けて当該海岸保全区域を占用することとは、一定の区画の土地を排他的独占的に継続して使用することであり、耕作の用に供する場合や材料置場とする場合等も含まれるとしつつ、なお書において、漁具、漁獲物の乾場、船揚場、殻物乾場、牛馬のけい留のための施設等簡易軽微なものについては、許可を要しないものとする旨定めている。右なお書の趣旨は、海岸法七条一項を文言どおり厳格に解釈すれば、漁具や漁獲物の乾燥のために、特定の者が特定の海浜を使用するような場合においても、許可を要するように考えられるが、極めて限られた時間に行われる簡易軽微なものについては、何人も他人の共同使用を妨げない限り、公共用物をその用法に従って自由に使用できるという、いわゆる自由使用の範ちゅうに属するものであり、継続性がないから、同条項所定の「占用」に該当せず、許可を要しないことを、注意的に明らかにしたものと解される。

しかるところ、被告人は、レジャー観光業を営む目的で、本件海浜上に露店及び立看板を設置した上、多数の営業用器材等を持ち込み、露店の内外に保管するなどして、付近一帯の相当の広さの区域を、平成六年四月上旬ころから同年九月下旬ころまでのレジャーシーズンを通じて、排他的独占的に使用していたものであり、このような海浜の使用目的、態様ないし状況、範囲ないし規模、期間等からみれば、被告人の本件海浜の使用は、前記なお書が例示するような極めて限定された時間に行われるものとは、明らかに性質を異にし、簡易軽微なものとは到底いえない。

4  以上のとおりで、被告人の判示所為は海岸法七条一項所定の構成要件に該当しないとの弁護人の主張は、採用しない。

三  次に、公訴権濫用の主張について判断する。

1  弁護人は、本件公訴提起には、必要性も合理性もない旨主張する。

しかし、検察官が公訴を提起するか否かは、諸般の事情を考慮した上での検察官の広範な裁量に委ねられているところ(刑訴法二四八条)、前記二2の各事実及び関係証拠によれば、被告人の本件海浜の使用の目的、態様、規模、期間等からみて、本件の違法性は軽視できないものであること、被告人は、平成六年九月五日ころ、沖縄県から、海岸法違反であるとして、本件海浜の露店及び立看板を撤去するよう勧告されていたにもかかわらず、これを無視する形で、右露店等を設置したままにしていたこと、被告人には、平成元年一二月初旬ころ及び平成二年五月ころ、やはり本件海浜を無許可で占用したことによる平成四年一月二九日確定の同種の罰金前科があることなどが認められるのであるから、検察官の本件公訴提起が、裁量権を逸脱してなされたものとはいえない。

2  また、弁護人は、検察官の本件公訴提起は、ホテル業者の利益を保護し、被告人の営業を妨害する目的でされた旨主張する。

しかし、本件公訴提起により、被告人の営業活動が、結果的に支障を来すことがあるとしても、本件全証拠によっても、検察官が、ホテル業者の利益を擁護し、あるいは被告人の営業を妨害する意図で、本件公訴を提起したものとは認められない。

3  更に、弁護人は、沖縄県下の海岸保全区域に指定された他の海浜には、本件と同程度かそれ以上に恒久的なレジャー観光業用の施設又は工作物が存在しているのに、被告人だけを処罰対象とするのは不公平である旨主張する。

しかし、審判の対象とされていない事実との対比をすることは許されず、本件公訴提起が不公平であるとの弁護人の主張は当たらない。

4  以上のとおりで、検察官が、本件公訴提起に当たり、公訴権を濫用したとの弁護人の主張は、採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、海岸法四一条、七条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により右改正前の刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、レジャー観光業を営む目的で、海岸保全区域内に無許可で施設及び工作物を設置して、同区域を占用したという事案であるところ、沖縄県の撤去勧告を無視するなど、犯行の態様は悪質であり、かつ、同種事案による罰金前科がありながら、更に本件犯行を敢行した被告人の刑事責任は、決して軽視することができない。

しかしながら、被告人は、海岸法違反事件としては、今回初めて正式裁判を受けたものであり、本件により相当期間身柄を拘束されたことなど諸般の事情を総合考慮すると、主文のとおり刑を量定した上、その執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田保孝 裁判官 松田俊哉 裁判官 加島滋人)

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